2013年10月アーカイブ

結婚後の男性と個人主義

昔も今も男性にとって結婚が人生の通過点であるように、今は女性にとっても結婚が人生の通過点となってきました。

自分の人生は自分で生きていく

自分は人生をどう生きるか、という根源的なところに立ち戻ったとも言えるでしょう。

だからこそ、女性は結婚にあまりこだわらなくなってきたと言えるのです。

このことは、世の中が個人主義の時代になってきた、ということとも関係があります。

協調性や多数決を重んじて、集団行動が得意な日本人。

そんな日本人像も少しずつ変わってきています。

つまり、集団よりも個人が大切、という考え方です。

そんな世の中の動きは、家庭のありかたにも現れています。

例えば、食卓の風景を見てみましょう。

今は料理もお父さんは肉、お母さんは魚、子供たちはカレーライス、おばあさんはさっぱりしたもの、と分けて作るようになっています。

それぞれの好みに合わせて、それぞれが食べたいものを食べているわけです。

家庭の個人化はそれだけではありません。

テレビも一家に一台の時代は昔のこと。

今は一人に一台とパーソナルになっています。

そこで、それぞれお父さんは野球、お母さんはドラマ、子供はバラエティ番組を見ていたりします。

だけど、これでは、つきつめていくと何のために一緒に暮らしているのかわかりません。

同じおかずを食べてみんなでおいしさを分け合ったり、同じ番組を見てみんなで笑ったりすることもない。

一緒に生活する楽しさがなくなってしまうのです。

最近は、男性が「まだ結婚は」などと考えている間に、女性は結婚以外の人生を探しはじめたといえなくもありません。

昔ならば、男性は付き合っている女性がいて、ある時期になると腹をくくったわけです。

男性は仕事、女性は家庭という図式があったから、この女性に全責任を持とうと考えた。

ところが、男性も女性も生き方が多様になりつつある今、若い男性はできるだけ、女性にすべての責任を負うようなかったるいことはしたくない。

いずれ結婚して、一生面倒見なければいけないなら、ずるずると先にのばしたいと考えているのです。

そのように、男性はいつまでたっても身勝手なまま、男は仕事、女は家庭と考えているから女性の変化に気がつかない。

あいかわらず、男性は、女性が結婚したがっていると信じています。

でも、ここへきて、「私はお手伝いさんじゃない」ということも女性の言い分として出てきました。

昔から女性には、あなたのお手伝いさんじゃない、あなたのお母さんじゃないという不満がありましたが、今はその不満が表面に現れてきたのだと思います。

男性は、自分が結婚したくなるまで結婚してくれない。

結婚したら結婚したで、お手伝いさんがわりにこき使われる。

そうなると女性は、下手な男をつかんで一生苦労するより、自分は自分の責任で生きていくほうが楽しいと考えて当然です。

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